片道切符と夢の話

浪華の七星と日向の坂道

虚妄はてなブログ 第12話

フルートの音色すごく好きです

あんな可憐な音出したい人生でした(私はサックス吹き)

 

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あれから数ヶ月。
あのとき半袖だったブラウスは長袖に変わり、夕方には1枚羽織らないと辛くなってきた。
8月の夏の大会で3年生は引退し、重岡先輩は部長になった。
夏が終わっても、吹奏楽部の活動に変わりはない。
秋には文化祭も、地区の演奏会もある。
私たちは全国レベルの強豪ではないけど、練習には気が抜けない。
今日は部活が無いけど、私は自主練をするためにいつものように音楽室のドアを開けた。

ピアノの前に座る重岡先輩がいた。
「先輩、今日部活ないですよ?」
〈知っとるわい、俺部長やぞ。〉
〈舞佳ちゃんこそなんで?〉
「私は自主練です。」
〈ほんま熱心よな、舞佳ちゃん。〉
先輩は楽器をメンテナンスに出しているようで、ただただピアノを弾きに来たのだと言う。
私がフルートを手に基礎練習をしていると、〈なあ、〉と声をかけられた。
〈舞佳ちゃん、ソロ曲ってやったことある?〉
「ないですけど、なんでですか…?」
〈この曲、吹いてみいひん?〉
そう言って、1枚のルーズリーフを渡された。
「これは…?」
〈古いCD聴いてええなって思ったやつ耳コピしてん。俺が伴奏するから、吹いてみてや。〉
渡された楽譜に目を通し、軽く音を取る。
コラールだろうか、ゆったりしたテンポの優しい曲だった。
〈いけそう?〉
「はい。」
〈じゃあいくで、1.2.3.4〉
それは、想像通りの穏やかで美しいメロディだった。
伴奏が私の音を優しく包み込み、2人のハーモニーが満ちていく。
やっぱり、先輩のピアノは私のフルートと相性がいい。
あまりにぴたりとハマりすぎていて、少し怖くなるぐらい。
この人の音がなければ私はフルートを吹けなくなるのではないか、という疑念すら浮かんできて、こっそり身震いした。
夕暮れの音楽室で、私たちの音はまるで蜜月のように溶け合っていた。

演奏が終わり、先輩が立ち上がる。
〈舞佳ちゃん、やっぱり上手いな〉
〈ソロコンテスト考えてみいひん?俺伴奏やるで〉

嬉しい言葉だけど、うちの部活にはソロでの大会出場は2年生からという決まりがある。
「でも先輩、それは……」
〈あほ。1年生やろうと、上手い子にはきちんとチャンス与えるのが部長の仕事や。〉
〈先生と幹部に掛け合ったる。〉
「…ありがとうございます!」

 

でも結局、私がソロコンテストに出場することは無かった。
〈水谷がどうしても出たいって言うて、逆らえへんかった、枠埋まってもうた…〉
〈ほんまごめん。偉そうなこと言うたんに、できへんかった。〉
クラリネットの、水谷愛理先輩。
この部活の中で一二を争う実力の持ち主だ。
「…いえ、大丈夫です。」
「私には来年がありますし、それに、」
そこから先は言えなかった。
愛理先輩が重岡先輩のことを好きなことも、重岡先輩に伴奏してほしくてソロコンテスト出場を目指していたことも、彼以外の全員が知っている。

「それより重岡先輩、伴奏者なんですよね?」
「行ってあげてください。愛理先輩待ってますよ。」


部内随一の実力を持つ愛理先輩は、地方大会の1歩手間まで進んだ。
重岡先輩と愛理先輩が付き合いだしたというニュースが部内を駆け巡ったのは、ソロコンテストから数日後のことだった。

男子の先輩に冷やかされている重岡先輩をまともに見れなくて、しばらく自主練には行けなかった。

そんな私は、重岡先輩にやたらと腹を立てている結衣に励まされ、クラリネットとの練習が気まずいときは結衣のいるホルンパートに避難したりしながら、なんとか夏まで部活をやり過ごした。

8月、先輩方が引退してからすぐに私は部内でソロコンテスト出場の最有力候補と噂されるようになった。
先生には去年の愛理先輩の結果を更新できるかもしれないとまで言われたが、出場する気にはなれなかった。
重岡先輩の伴奏に慣れてしまったこの身体が、他の伴奏を受け入れられる気がしなかったから。

彼の伴奏しか、私は知らないから。

知りたくなかったから。

まるで純潔を守るように、頑なに出場を拒んだ。

 

そんな過去と、苦い初恋を忘れたくて。
重岡先輩の幻影から逃れたくて。
私は高校卒業後、中学時代からの相棒であるフルートを手放した。
それでも唯一、あの古ぼけたルーズリーフだけは、まだ捨てられていない。

 

 

 

 

伴奏者とソリストの関係ってどことなくエロティックだなぁって、ソロコン出てた同級生見てて思ったのを覚えてます

アンサンブルも楽しいけどね🎷