片道切符と夢の話

浪華の七星と日向の坂道

虚妄はてなブログ 第13話

 

明日窮鼠見に行ってきます

めっちゃたのしみ

 

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話が終わって2人の方を見たら、丈くんの真剣な瞳と目が合った。
〔…なぁ舞佳、さっきの話やっぱり断れへんの?〕
〔傷つくだけの仕事なんて、やらんでもええ。〕
『そやで。そもそも、舞佳ちゃんに頼むこと自体おかしいねん。』
かずくんも、温厚な彼にしては珍しく語気に怒りを滲ませていた。
「大丈夫だよ、もう10年も経ってるし。」
「それに、私はパティシエだから。」
「私のお菓子が食べたい人がいるなら、作ってあげるのが仕事だから。」
はっきりとそう伝えると、丈くんが言った。
〔舞佳、そいつここに連れて来れるか?〕
〔打ち合わせとか、1人じゃしんどいやろ。〕
〔ここなら勝手もわかるし、俺たちもおる。〕
『俺たちなら、いつでも味方やから。』

なぜだろう、シリアスな場面なのに、お腹の中から笑いが込み上げてきた。
「もう。丈くんもかずくんも心配しすぎだって!」
「大丈夫。私、これでもプロなんだよ?」
「でもありがとう。お店、使わせてもらいます。」

結衣に先輩を連れて来てと連絡すると、《舞佳、いい仲間持ったね。》と言われた。
仲間。
それは今の私たちを形容するのにピッタリの言葉だった。

 

さすが私の親友だけあって、結衣は仕事が早い。
次の日には、重岡先輩がお店に来ることになっていた。
美しく晴れ渡る台風一過の空とは対照的に、私は朝から緊張でため息が止まらない。
〔舞佳、ほんまに大丈夫なん…?〕
『舞佳ちゃん、やっぱりやめた方が…』
「…だって、ウエディングケーキ任せられるのなんて初めてだから緊張しちゃって!」
昨日も、デザインのことを考えていたらなかなか眠れなかった。
〔…は?〕
『なんか、舞佳ちゃんらしいわ…』
だって、ウエディングケーキを作ることは私のパティシエとしての目標だったから。
素直に嬉しかった。
たとえそれが、初恋の人のものだとしても。

 

11:30。
重岡先輩は、約束の時間通りにやってきた。
その傍らにいたのは、愛理先輩だった。

《舞佳ちゃん、久しぶりやな》
〈まさか舞佳ちゃんにケーキ作ってもらえるなんて!〉
10年前と変わらない、優しい瞳を向けられた。
〈舞佳ちゃん、お菓子作り上手だったもんね!〉
〈大毅が私の作ったお菓子を美味しいって言ってくれたとき、やっと舞佳ちゃんを越えられた!と思って嬉しかったんだ。〉
愛理先輩のその言葉に、かすかな棘を感じてしまった。
そのとき、〔舞佳、ちょっと〕と、丈くんが割って入ってくれた。
《あなたは…?》
〔この店のオーナーの藤原です。少し岸田をお借りしてもよろしいでしょうか?〕

キッチンに連れ出され、丈くんが耳打ちしてきた。
〔お前死にそうな顔しとったぞ。あいつらの相手は俺がしたるからちょっと引っ込んどれ。〕
そう言い残し、丈くんはキッチンを出て行った。
『舞佳ちゃん…』
かずくんが、キッチンの隅から心配そうな視線を投げてくる。
彼の存在と、いつものキッチンに安心して思わず弱音を吐いてしまった。
『舞佳ちゃん、やっぱり…』
「ううん。やる。これが私の仕事だから。」
「でもちょっと苦しくなっちゃった。プロ失格だね。」

『失格なんかとちゃう。』

『舞佳ちゃん、優しいなぁ』

かずくんの言葉が、傷ついた心に染み込んでいった。

 

さっきから、丈くんが重岡先輩たちと話す声がドア越しに聞こえてくる。
〔舞佳、いや岸田はうちのパティシエです。〕
〔たとえ、あなた方が彼女の大切な人でも、僕は彼女の負担になることはさせたくないんです。〕
〔オーナーとしても、仲間としても。〕
〔お願いします、あいつを傷つけないでください。〕

 

胸が熱くなった。

丈くんもかずくんも、彼らなりに私を守ろうとしてくれている。

私が逃げたら、ダメなんだ。

その一言で、心が決まった。



「重岡先輩、愛理先輩、失礼しました。」
「ご注文、ありがとうございます。」

「完璧に仕上げてみせます。」

本格的な打ち合わせは別日にということになり、2人は帰っていった。
その後ろ姿に盛大に舌打ちし、丈くんが恨み言をつぶやく。
〔なんやねんあの女。舞佳のチョコレート食ったことないくせに。〕
〔お前のより絶対上手いわ。〕
『ちょっとあかんなぁ。あれは。』

『舞佳ちゃんに対する当てつけやん。』
〔そやで、だいたいなんなんあの重岡ってやつ! 彼女が嫌味言うても何の注意もせんと……〕
丈くんとかずくんは、自分のことみたいに怒っていた。

「ありがとう、丈くん、かずくん。」

「2人は、私にとっての最強の味方だね。」

 

 

 

 

 

丈くんに頑張ってもらいました