片道切符と夢の話

浪華の七星と日向の坂道

虚妄はてなブログ 第9話

 

この展開はお風呂入ってる間に思いつきました

 

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オープンから1週間。
忠義くんが載せてくれた記事のおかげか、はたまたアイドル顔のイケメンである丈くんとかずくんのおかげか、とにかくお店はかなり繁盛していた。
20:00、閉店時間
時計の鐘が鳴った瞬間、表にclosedの札をかけに行った私は、大きく息をついた。きっと、中でレジ締めをしていた丈くんも、食器を拭いていたかずくんも同じだろう。
疲れが、泥のように身体にまとわりついていた。
「私、人生で1番忙しい1週間だったかも…」
『俺、もう最後の方の記憶ないわ…』
〔やばい、死にそう、〕
近くにあった椅子に座ってだらける私、かずくんはピアノのある壁にもたれて座り込み、丈くんはレジカウンターに突っ伏す。

 

そんな気味の悪い静寂を、ドアベルの音が切り裂いた。

《おい若者たち、へばっとんなぁ》
仕事終わりに覗きに来たであろう忠義くんが、死体のようになっている私たちを見て呆れている。
「若者たちって、忠義くん7歳しか変わらないじゃん」
『俺らほんま忙しかったんやで?!』
〔そやで、大倉さんやって俺らぐらいんときこうやったやん!〕
ピーピー鳴く雛鳥のような私たちに苦笑した彼は、右手にぶら下げていた袋を掲げてこう言った。
《まぁお疲れさん。飲もうや。》


多分、自分が飲みたかっただけなんだろう。
忠義くんはまたオジサンみたいなことを言いながら、丈くんにひたすら絡んでいる。
《丈も舞佳も和也もほんまかわいいなぁ〜 》
《俺の子になってやぁ、かわいがったるで〜》

…… 正直ちょっと、気持ち悪い。

 

私とかずくんは、私が作った特製オレンジジュースを飲みながらその光景を眺めていた。
かずくんがふと口を開く。
『そういえば、このピアノってなんであるん?』
オープン前、丈くんと剣呑な邂逅を果たしたときからずっとある、黒いアップライトピアノ
このピアノの音はこの中の誰も、まだ聴いたことがない。
〔前のオーナーやった人が置いてったらしいで。」
〔もうインテリアになってもうとるけど、まだ弾けるんちゃうかな〕
忠義くんに絡まれながら、それでもオーナーらしく丈くんが言った。
〔誰かピアノ弾けるやつおらんの?〕
「私弾けるよ、ちょっとだけなら。」
そう言って、イスのないピアノの前に立つ。

ポーン。
記憶にあるピアノの音よりも軽く、清らかな音だった。
その音を聴くと、必ず蘇る光景がある。
夕暮れの音楽室、誰かが忘れたリコーダー。
紺色のブレザーと、銀色のフルート。
大きな笑い声と、優しい瞳。

記憶の奔流に指先が、唇が突き動かされる。
気づいたら、ピアノを弾きながらハミングで歌っていた。
歌詞はない。曲名も知らない。
けど大切な曲。
あの人に、教えてもらったから。


これはいわゆるコラール。つまり、賛美歌。
それならばこのカフェはさしずめ教会だろう。
観客は3人だけ。
私の思いを知る人は、ここにはいない。
その小さな音楽会は、この歌声がすっかり酔っぱらった叔父の子守唄になるまで続いた。


奇妙だけど、穏やかな夜だった。
そういえば、明日は嵐らしい。

 

 

 

次から書きたかったエピソードいけるのでめっちゃ嬉しいです

 

舞佳ちゃんが弾いているコラールのモデルです

https://youtu.be/rXSgb6wbe74