片道切符と夢の話

浪華の七星と日向の坂道

虚妄はてなブログ 第8話

 

授業中にミュートにし忘れてzoom上にダイヤモンドスマイルが響き渡ってしまいました

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〔店の名前、どうしよか〕

 

丈くんがそんなことを言ったのは、オープンまであと1週間に迫ったある日のことだった。
「まだ決まってなかったんだ……」
〔おん。そろそろ決めな大倉さんに怒られるわ…〕
「忠義くん、雑誌で宣伝してあげるって言ってくれたもんね。」
〔雑誌社に勤めとる人が知り合いってやっぱ強いよな。〕 
あれから、忠義くんは仕事の合間を縫ってたまに様子を見に来てくれた。
というより、丈くんが泣きついた、という方が正しい。
丈くんは家具の組み立てにトラウマを持ってるけど、私もかずくんも手を使う仕事だから頼めなかったらしい。
忠義くんは家具組み立ての謝礼としてかずくんのご飯と私のお菓子を要求したから、最近は4人で夕食を食べることが多かった。

そうしてテーブルと椅子も揃った店内で、私と丈くんはお喋りをしていた。
かずくんは食材の買い出しに行っていて、そのせいかお店の中はちょっとだけ静か。

 

それまでアイスティーを飲んでいた丈くんの視線が、ふと私のエプロンに落ちた。
〔それ、大橋が作ったんよな?〕
かずくんが作ってくれた、オリジナルのネームプレート。
自分たちで選んだカラーは私は白、丈くんはコバルトブルー、かずくんはミントグリーン。
英語で名前が入ってて、シンプルだけどかっこいい。
「うん。センスいいよね、かずくん。」
「自分の名前、英語で見るのなんて学生時代以来かも。」
〔…なぁ、舞佳 って名前の由来、何なん?〕

 

「…お母さんが生まれたばかりの私をあやしていたとき、病室に蝶が迷い込んできたんだって。」
「でもね、私12月生まれだから、そんな時期に蝶なんているはずないの。」
「だからその時お母さんは、"これは神様からのメッセージだ"って思ったんだって。」
「蝶が舞うように美しく、佳き人生を って意味で舞佳、らしいよ」
〔蝶、……〕
「この話したの、かずくんと丈くんだけ。」
〔やっぱり、大橋か…〕
「ん?」
〔いや、なんでもない。〕
その後何を話したか、実はあまり覚えていない。
ただ、丈くんとかずくんが大学時代に違う学校なのに全く同じ第二言語を履修していた。という話だけは、やけに覚えてるんだけど。


次の日の朝、お店に入るなり丈くんが言った。
〔店名決めたんやけど、どうやろ?〕
それは丈くんがいつも使っているノートに、やけに熟れた筆記体で書かれていた。

"Mariposa "

『…… 丈くん、ほんま、こういう時だけ』
スペイン語、万年最下位やった言うとったんに』
「え、これスペイン語なの?」
『…そやで、意味はな…』
〔ちょ、やめろや大橋!〕

かずくんに耳打ちされた後、私は拗ねている丈くんのところに駆け寄った。
「ありがとう、丈くん。」
〔別に、いいなって思っただけやから。〕
「でも、いいの?丈くんは、この店のオーナーなのに。」
『何言うてるん、舞佳ちゃん。』
『舞佳ちゃんがおらんかったら、この店はないんやで?』
〔…そやで。ここは、俺と、大橋と、舞佳の店やから。〕
「…… ありがとう、丈くん、かずくん。」
私は、さっそくこれをお菓子のアイデアにしようとキッチンに入る。
丈くんとかずくんが何か話しているのを見ながら、幸せな気持ちでレシピノートを開いた。


〔おい、いいとこ取りはお前やろ、大橋〕
『丈くんこそ、こっすいわぁほんま』
〔たまには俺にも譲れや、そのポジション〕
『ええよ。…なんて、言うと思う?』

 

 

Mariposa (女性名詞)
訳: 蝶

 

 

 

 

大橋くんがなんだか黒い