片道切符と夢の話

浪華の七星と日向の坂道

虚妄はてなブログ 第4話

明日一限なので寝ます

 

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出発の朝。
いつもより早い5時半起きでもアラームが鳴る前に起きられたのは、多少気持ちが昂っていたからだろう。
身支度を終えた後、ホテルの窓から東京の街を眺める。
幼いころから憧れていた街、東京。
私はそこでパティシエの道を選び、恋をして、仕事をして、全てを失った。
そして今日、ここを離れる。
窓の外には、まだ6時前だと言うのにたくさんの人が歩いている。
きっと私が東京からいなくなっても、この人たちの日常は続いていくんだろう。
それは寂しいようで暖かい、なんだか不思議な感情だった。
人間を空から見守る神様って、こんな感じなのかな。

 

 

そんな思考は、かずくんからの着信によって断ち切られた。
『舞佳ちゃん、もう準備してる?』
そういえば、私たちはお互いの声を電話越しに聞くのは始めてかもしれない。
かずくんの高めの声が、どことなく焦っているような響きで耳に届く。
「うん、まだ手荷物整理できてないけどね」
『やばいなぁ、俺寝坊してもうた。ちょっと待てる?』
「全然平気。なんなら手伝おうか?」
『まじ?お願いしたいわぁ』
「わかった。じゃあそっち行くね。」


手荷物をバッグにまとめ、ゴミを集める。
荷物を全て持って廊下に出て鍵を閉めようとしたけど、ふと思い立ってまた部屋の中に入る。
私はバッグからキーホルダーを外すと、ゴミと一緒に置いておいた。
これは"彼"とお揃いだから。
思い出を連れて行ったら、私はゼロにはなれないから。
「ばいばい、誠也くん。」
白いクマの寂しげな視線から目を逸らし、部屋の鍵を閉める。
シリンダーの冷たい音の残響が、エレベーターの中でも離れなかった。

 

かずくんが泊まっている部屋に着き、インターホンを鳴らす。
『舞佳ちゃん、荷物詰めるのお願いしていい?』
「いいよ、どれやればいい?」
『そのキャリー! スーツは自分でやるわ』
「わかった。」
かずくんの荷物を詰め、2人で部屋を出る頃には、あの残響は消えていた。

 

なんとかチェックアウトを済ませ駅まで歩いて向かう。
改札を抜けると、結衣がホームで待っていてくれた。
《舞佳!大橋くん!》
「結衣!本当に来てくれたんだ…」
《当たり前じゃん。あ、これ》
結衣から渡された保冷バッグの中身はラップに包まれたおにぎり。
《朝ごはん用。よかったら食べて。》
「ありがとう…!」
「かずくん、私飲み物買ってくるね。お茶でいい?」
『うん、ありがとうなぁ』
売店にお茶を買いに行くときに結衣とかずくんがなにやら話をしていたけど、声までは聞こえない。

お茶を買って2人のところに戻ると同時に、新幹線がホームに滑り込んできた。
「結衣、本当にありがとう。」
「私、大阪でも頑張るから。」
《舞佳… お店、絶対行くから。大好きだよ》
《これ餞別の代わりに。着いたら開けて。》
「……結衣っ、ありがとう。私も、大好き」
私は、親友をしっかり抱きしめた。
『舞佳ちゃん、行こっか。』
「うん…。 結衣、またね!!」

 

7:28、発車ベル。

結衣は、新幹線が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
私の期待と不安も、かずくんの夢も乗せた新幹線が、東京の朝を駆け抜けていく。
向かうのは2時間半先の知らない街、大阪。
その日の空は、まるで新たな始まりを祝福するかのように美しく澄み渡っていた。

 

 

(《大橋くん。》『はい!』《舞佳のこと、しっかり支えてあげてください。》《あの子が、幸せになれるように》『俺が、幸せにします。絶対。』)

 

 

 

 

 

おやすみなさい世界