片道切符と夢の話

浪華の七星と日向の坂道

虚妄はてなブログ 第5話

 

オンライン授業のいいところは虚妄を書いていてもバレにくいところです

 

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結衣との別れから約2時間半後、私たちは大阪の街に降り立っていた。
そこからはかずくんの先導で地下鉄に乗り換える。
私は土地勘がないからなんだか不安になって彼のシャツをそっと掴むと、優しく指先が絡め取られた。
『はぐれへんように、な?』
小さい頃とは違う、しっかりした男の人の手に鼓動が跳ねる。
言葉が、上手く出てこなかった。


改札をくぐっても手は繋がれたまま、住宅街を抜けていく。
『ここやで』
しばらくそのまま歩いていたかずくんが、急に立ち止まった。
真鍮のランプが飾られた、小さなお家のような建物だった。
看板は出ていない。
『じょうくーん!帰ってきたでー!』
かずくんは中に入るなりそう叫んだ。
中にはテーブルもまだなくて、カウンターの前に椅子が2つあるだけ。
奥の壁際には、アップライトピアノが置いてある。
未完成だけど、私は一目見て気に入った。
〔大橋遅いねん、ってその子誰?〕
奥から出てきたのは、小柄な男性だった。
色白で中性的なかずくんとは正反対の、日に焼けた肌と男らしい顔立ち。
カフェより海の家が似合いそうな、正統派の男前だ。
「岸田舞佳です。 かずくん、大橋くんがここに連れてきてくれました。」
『俺が連れてきたパティシエ!』
〔かずくん…?あんた 大橋に色目使ったんちゃうやろな?〕
「えっ…」
『じょうくん、それは、』
〔本当にできるん?〕
「はい、菓子製造の免許も持ってます。これ免状です」
〔紛い物ではないみたいやな…〕
〔じゃあテストしてええ?〕
〔キッチンの冷蔵庫にあるものだけで、なんか作ってや〕
〔作れるやろ?仮にも大橋が見込んだんやから〕
挑発するように言われると、元来の負けず嫌いが顔を出してしまう。
「わかりました。やります。」
『ちょ、舞佳ちゃん!』
「大丈夫。かずくん、案内して?」

かずくんが心配そうに出ていってから、大きな冷蔵庫の中を見回す。
卵に砂糖、牛乳、バニラエッセンス…
レシピを考えていると、東京のビジネスホテルでかずくんと交わした会話が頭をよぎった。
思わずくすっ、と笑みが漏れる。
材料を見て、問題ないと判断して必要なものを取り出す。
久しぶりのお菓子作りにワクワクしながら、卵をボウルに割り入れた。

 

ほとんど夢中で作り終え、ココットを手近なお皿に載せて持っていく。
「お待たせしました。」
2人の前にお皿を置くと、かずくんの目が輝いた。
『舞佳ちゃん、これ…』
「うん、シンプルすぎるかもしれないけど、プリン。」
これは小さい頃、かずくんにせがまれてよく作っていたレシピ。
いただきます、と2人の声が重なった。
『うっま!前食べたときよりうまなってる!』
〔これは……〕
もう1人の反応を伺っていると、おもむろに頭を下げられた。
〔失礼なこと言ってごめんな。この味、気に入ったわ。〕
〔俺は藤原丈一郎。ここのオーナーになる予定。〕
〔よろしく、岸田さん。〕
「よろしくお願いします、藤原さん。」
認めてもらえたみたいで安心した。
『えっ、さん付けなんてよそよそしいやん!』
『この人はじょうくん、って呼べばええで!』
「丈くん、か。じゃあ私のことは舞佳、で。」
〔勝手に決めんなや… まぁでもええわ。〕

 

〔それより2人、ほんまに付きおうてるん?〕
カップルに挟まれるん嫌やで、なんて言う丈くんに、2人で顔を見合わせて笑う。
『舞佳ちゃんは俺のいとこやねん。』
〔…へ!? いとこ?〕
「うん。血が繋がってる。」
私は丈くんに身の上と事情を打ち明けた。
〔疑うべきかもしれへんけど、なんか納得や〕
〔2人、笑った顔そっくりやもん〕

 


(〔初恋のお姉ちゃんって、この子なんかな〕)

 

 

 

授業中に虚妄するスリルにハマりました